紀三井寺について
紀三井寺球場とは・・・
通称=紀三井寺球場
所在地=和歌山県和歌山市
開場=1965
収容人数=15477
両翼=93
中堅=120
芝生=天然芝
使用チーム=
アクセス=紀勢本線 きのくに線・紀三井寺駅徒歩・タクシー
当時の県営向ノ芝球場閉鎖に伴い、野球場は1965年3月完成。両翼93m中堅120m、収容人員15,000人。西に500mほど行けば和歌山湾なので、阪神甲子園球場同様右翼手 ライトから左翼手 レフト方向に浜風が吹く。2001年にスコアボードが磁気反転式にリニューアル。和歌山県におけるメイン球場で、夏の高校野球和歌山県予選はこの会場のみで執り行われている。だが、プロ野球一軍公式戦が開催されたのはわずか4試合である。
かつてはナイター設備がないため日没再試合(1998年の夏の高校野球の予選では、和歌山県立海南高等学校 海南高校対和歌山県立日高高等学校中津分校 日高高校日高中津分校、智辯学園和歌山小学校・中学校・高等学校 智弁和歌山高校対県立橋本高等学校 橋本高校の2試合、2004年には夏の高校野球の予選で和歌山県立伊都高等学校 伊都高校対和歌山県立貴志川高等学校 貴志川高校の試合がいずれも再試合になった)になる事もあったが、2005年にナイター設備設置工事が行われ、2006年に完成した。ちなみにこけら落しは和歌山県屈指の伝統進学校であり、和歌山県高校野球界を引率してきた永遠のライバル校の対戦であった。両雄校による和歌山県立桐蔭高等学校 桐蔭高校(和歌山中)VS和歌山県立向陽中学校・高等学校 向陽高校(海草中)の試合はこけら落しには相応しかったといえるだろう。
紀三井寺駅とは・・・
紀三井寺駅(きみいでらえき)は、和歌山県和歌山市三葛にある、西日本旅客鉄道紀勢本線の鉄道駅 駅。現在は普通列車しか停車しないが、国鉄分割民営化前後の花見シーズンには一部の特急列車が停車したことがある。
プラットホーム#分類 相対式ホーム2面2線の地上駅でのりばは1番が御坊方面行き、2番が和歌山方面行き。駅舎は橋上駅舎で橋上化前は2面3線の駅構造であった。当時は1番線が御坊方面、3番が和歌山方面で、2番線はほとんど使われていなかった。2004年に橋上駅となり、両側に出入り口ができた。
近くに、近畿の桜の名所の一つ紀三井寺がある。和歌山県立医科大学 和歌山県立医科大学付属病院の最寄り駅でもある。
紀三井寺競馬場とは・・・
紀三井寺競馬場(きみいでらけいばじょう)は、かつて和歌山県和歌山市に存在した地方競馬の競馬場である。
紀三井寺競馬場の歴史は非常に古く、近畿地方では、明治時代初期に神戸の居留地に存在した競馬場を除くと、鳴尾競馬倶楽部に次ぎ、1909年(明治42年)に開設された。
開設当時は、地元有志や団体の主催により開催されたが、1927年(昭和2年)に地方競馬規則に基づく地方競馬として開催が始まり、暫く順調な開催を行ってきたが、1939年(昭和14年)の「軍馬資源保護法」の公布に伴い、開催中止された。
1948年(昭和23年)3月より、和歌山県・和歌山市および、海南市・田辺市・御坊市・新宮市の各市主催により、紀三井寺競馬は再開された。しかしながら、立地条件の悪さや競輪の影響を受け、売り上げは低迷し、時には赤字となる開催もあった。このため和歌山県では、1959年(昭和34年)に紀三井寺競馬の廃止を検討したが、ほぼ同時期に売り上げも上昇し始めた為、廃止は沙汰止みとなった。その後は、遅れていた場内設備の改築を進め、次第に近代的な競馬場としての姿を整えつつあった。
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