赤城山について
赤城山ロープウェイとは・・・
赤城山ロープウェイ(あかぎやまロープウェイ)は、かつて群馬県の赤城山にあった東武興業経営の索道(ロープウェイ)である。
1957年6月11日に設立され、同年7月21日からケーブルカーを営業していた赤城登山鉄道の手により6日後の7月27日に開業。同社がケーブルカーを開業後10年で休止、そして廃止した後もロープウェイの営業は続けられ、1968年に社名も赤城山ロープウェイと改められた。1979年から同社を合併した東武興業の運営となった。しかし、赤城山観光の地盤沈下、リフトを乗り継いでロープウェイに乗るフットワークの悪さなどで観光客が減り、1998年3月限りで休止、その後廃止となった。
路線距離(営業キロ):586m
方式:3線交走式
駅数:2駅(起終点駅含む)
赤城山スキー場とは・・・
所在地=群馬県勢多郡富士見村赤城山
最高地点=
最低地点=
標高差=
コース数=1
コース面積=
最長滑走距離=-
最大傾斜=-
索道数=1
パーク=-
公式HP=
赤城山スキー場(あかぎやまスキーじょう)は日本のスキー史に燦然と歴史を刻むスキー場。昭和初期の日本国有鉄道 国鉄のスキー場のポスターにも、湯沢町 越後湯沢などと並んで赤城山スキー場の名が見える。のちのオリンピック選手、猪谷千春もこの地でスキーを極めた。とくにロープウェイを使って赤城山 地蔵岳山頂から小沼、大沼へすべりおりる約3キロの「地蔵岳大滑降」は、その木のまったくないダイナミックなコースによって、昭和40年代のすべてのスキーヤーの憧れの的であった。現在の覚満淵近くにある展望台にはかつて桐生側にあったケーブルカーの資料室があり、当時の厳しい冬の営業の模様を伝えている。
赤城山晃とは・・・
赤城山 晃(あかぎやま あきら、1926年8月30日 - 1990年4月2日)は、昭和時代の日本の大相撲力士。最高位は東十両10枚目。時津風部屋所属。群馬県藤岡市出身。
1942年5月、初土俵を踏む
1949年1月、新十両に昇進
1951年1月、幕下に陥落
1951年5月、廃業
6場所・36勝52敗・勝ち越し1回
玉風福太郎
小泉純一郎
大鵬幸喜
1926年生 あかきやま あきら
1990年没 あかきやま あきら
力士 あかきやま あきら
deko_the_first (デコ1号、)
e9516112 (Daisuke GOTO)
velomasa (Masayuki Tomizawa)