越中 舟橋について
越中の稚児舞とは・・・
越中の稚児舞(えっちゅうのちごまい)は、1982年1月14日に重要無形民俗文化財に指定された富山県に伝わる以下の3つの稚児舞の総称である。何れも小学生位の少年4名が奈良時代風の白塗りの厚化粧をして艶麗な装束で舞う典雅で可憐な舞である。舞楽の流れを汲み、曲名も舞楽と共通のものが多いが、曲調や楽器編成は雅楽の傾向から離れ、神楽 里神楽に近い。笛や太鼓の素朴で典雅な音色から「かっとんど」・「おひゃえーおっとんど」とも呼ばれる。
加茂神社の稚児舞 -- 射水市(旧・下村)加茂 下村加茂神社。保護団体は加茂神社神事伝承会(稚児舞の部)
明日の稚児舞 -- 黒部市(旧・宇奈月町)明日 法福寺 (黒部市) 法福寺。保護団体は明日稚児舞保存会
熊野神社の稚児舞 (富山市) 熊野神社の稚児舞 -- 富山市婦中町中名 熊野神社。保護団体は熊野神社稚児舞保存会
越中おわら節とは・・・
越中おわら節 (えっちゅう おわらぶし) は、北陸地方 北陸は富山県(越中国)富山市八尾町(旧婦負郡八尾町)で歌い継がれている民謡である。この民謡「越中おわら節」と、それにあわせて踊る「おわら踊り」について、以下に述べる。なお、多数の観光客が訪れる同地の行事「おわら風の盆」についてはおわら風の盆 別項を参照されたい。
この民謡の起源については諸説ある(「お笑い節」説、「大藁節」説、「小原村発祥説」など)。その唄はキーが高く息の長いことなどから、島根県出雲地方や熊本県牛深市の「ハイヤ節」など、西日本の舟歌が源流になったものとの指摘があるが(長田・千籐編著、1998年、10頁)、長い年月を経るとともに洗練の度を高め、今日では日本の民謡のなかでも屈指の難曲とされている。
越中電気軌道とは・・・
『富山地方鉄道射水線』より : 射水線(いみずせん)は、富山県にかつてあった、富山市と新湊市(現射水市)とを結ぶ鉄道路線である。富山から北へ向って四方へ出て、富山湾沿いに新湊へ至っていた。
一部分は加越能鉄道に譲渡されて現在も万葉線として残っているが、大部分は1980年3月31日限りで廃線 廃止された。
1980年3月31日に射水線として運営されていた区間(新富山駅~新港東口駅間)のデータを示す。
路線距離(営業キロ):14.4km
軌間:1067mm
複線区間:なし(全線単線)
電化区間:全線(直流600V)
当線は、1922年12月26日に、射水電気軌道の名前で富山駅~新伏木口駅(現:六渡寺駅)間の軌道敷設特許を受け、1923年2月20日に越中電気軌道として設立されたのに始まる。沿線の旅客や海産物、米などを運搬するのが目的であった。